ジャーナリスト向けの研究者のフリーソースに、低線量での放射線被ばくについての話がありましたので転載します。慶応大学医学部放射線科の近藤先生による記事です。
要点は下記の通り。
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・(国が安全としている)100ミリシーベルト以下での安全は「やけどのような急性症状が出ない」という点では間違っていないが、長期的視点からは「100ミリシーベルト以下は安心」と言えない
・僅かな放射線量でも健康に被害をもたらす確率がある
・被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が97 %増える
・日本では、10ミリシーベルトを被ばくすれば、がんの死亡率は30.3 %、100ミリシーベルトの被ばくでは33 %になる
・100ミリシーベルト以下は安全だとする説は、ここ数年でほぼ間違いだとされている
・100ミリシーベルトでのガンの危険率0.5%というのは「ガンで死ぬ確率」であって、「日本人は2人に1人(50%)がガンになる」という論調にもたらされる50%は「ガンになる確率」であるから、この二つを混同してはいけない
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物事には「古典」と「新しい研究」というものがつきものであって、国や政府といった権威を用いたがる組織はたいてい「古典」的論調になりがちだ。また、政治に都合のよい論調をとる学者が気に入られる。それゆえ、政府などが抱える学者や研究者が発表することはそのまま受け入れるのではなく、一方ではどのような論調・研究があるのか、という点については、常に意識し、探しておく必要がある。
以下、ソースを転載
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低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大
on 2011年4月5日
近藤誠(こんどう・まこと)
慶応義塾大学医学部放射線科講師
1948年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学医学部卒。患者の権利法を作る会、医療事故調査会の世話人をつとめる。
テレビや新聞で報道されている被ばくに関する専門家のコメントに100ミリシーベルトを基準として「これ以下の被ばくは問題ない」とするものが多々見受けられますが、この表現には問題があるので、指摘します。
「広島、長崎のデータなどから100ミリシーベルト以下では人体への悪影響がないことは分かっています」という記事がありました。
確かに100ミリシーベルト以下の被ばくでは火傷のような急性症状は出ません。急性症状について言っているなら妥当な表現です。
しかし、広島、長崎で被爆した人の追跡調査では50ミリシーベルト以下の低線量被ばくでも発がんによる死亡増加を示唆する研究結果があります。[文献1]
放射線はわずかな線量でも、確率的に健康に影響を与える可能性があります。
低線量被ばくについては、日本を含む世界15カ国で40万人の原子力施設作業員の調査をしたレポートがありますが、これによると、被ばく量が50ミリシーベルト以下でも発がん率は上昇しています。[文献2]
また被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が率にして0.97(97 %)増える計算です。相対過剰死亡率の計算は若干難しいので、結果だけ示しますと、死亡統計により国民死亡の30 %ががんによる日本では、10ミリシーベルトを被ばくすれば、がんの死亡率は30.3 %、100ミリシーベルトの被ばくでは33 %になります。
100ミリシーベルト以下は安全だとする説は、ここ数年でほぼ間違いだとされるようになっています。
人間は放射線被ばくだけで発がんするわけではありません。
私は、「発がんバケツ」という考え方をします。それぞれの人が容量に個人差のある発がんバケツを持っています。放射線だけでなく、タバコや農薬など、いろんな発がんの原因があり、それがバケツにだんだんとたまっていき、いっぱいになってあふれると発がんすると考えます。
ある人のバケツが今どのくらい発がんの原因で満たされていたかで、今回被ばくした量が同じでも、発がんする、しないに違いがでます。ですから、放射線量による発がんの基準値を決めるのは難しいのです。
たばこを吸う本数による発がんリスクも、吸う本数や年齢、吸ってきた年月により変わり、計算が難しい。ですから、放射線被ばくのリスクと喫煙による発がんのリスクを比較してより安全だということに疑問を感じます。
同じ記事中に
「100ミリシーベルトを被ばくしても、がんの危険性は0.5 %高くなるだけです。そもそも、日本は世界一のがん大国です。2人に1人が、がんになります。つまり、もともとある50 %の危険性が、100ミリシーベルトの被ばくによって、50.5 %になるということです。たばこを吸う方が、よほど危険と言えます」とあります。
0.5 %という数字は、国際放射線防護委員会(ICRP)の2007年の勧告中にある、1シーベルトあたりの危険率(5 %)に由来していると思います。つまり1シーベルトで5 %ならば、その10分の1の100ミリシーベルトならば、危険率は0.5%になるというわけです。しかし、この数字は発がんリスク(がんになるリスク)ではなく、がんで死ぬリスクです。ここでは、2人に1人ががんになるというのは発がんの確率ですから、ここに、危険率(がんで死ぬリスク)の0.5 %をプラスしているのは、発がんリスクとがん死亡のリスクを混同していると考えられます。
リスクを混同している上に、喫煙量も明示せずにたばこの方が危険と言っている。
メディアの方は、こういう乱暴な議論に気をつけ、科学的な根拠の誤用に気をつけていただきたいと思います。
・(社)サイエンス・メディア・センター ・SMC-Japan.org http://www.smc-japan.org
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