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口蹄疫の現場

口蹄疫は宮崎牛の種牛にまでおよび、感染が疑われる49頭の種牛の県知事による
助命要請もむなしく、農水省副大臣は言い放った。

「(殺処分されたはずの49頭が)いまだに生きていると聞き、驚いた」

「49頭については、処分しなきゃおかしいと思ってます。大臣に相談する余地もない」

 

口蹄疫は恐ろしい病気だ。だからこそ、全国的に広がることは何としても
阻止しなくてはならない。
だから、種牛といえど殺処分を免れないのもやむを得ないともいえる。

しかし、僕は副大臣の言葉や態度には疑問を持った。
「法律を理由」に特例を認めないとする姿勢に、現場の人々への敬意や
思いやり、悲しみの共有を感じることができないし、知恵を十分出した結果とも思えない。

現場では、手塩にかけて育てられた豚、牛が殺処分されている。

以下、西日本新聞(http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/172037)に
痛ましい現場のルポがあったので引用する。青字は私の追加編集。

+++引用ここから+++

「ごめんね」頭さすり薬剤注射 豚7万4000頭処分 宮崎・川南町ルポ
2010年5月17日 01:23 カテゴリー:社会 九州 > 宮崎

家畜の埋設処分をするため掘られた穴に石灰を入れる重機(宮崎県提供) 宮崎県で猛威を振るう家畜伝染病「口蹄疫(こうていえき)」。感染、または感染が疑われる施設は100カ所を超え、殺処分の対象は牛と豚で計約8万2千頭に及ぶ。手塩にかけた家畜を目の前で処分し、忍び寄るウイルスの影におびえる‐。被害が集中する川南町は、豚だけで約7万4千頭が処分対象となり、農家の間に絶望的な空気も広がっている。胸を裂く叫びを聞いた。

■ ■

子豚が吸い付くと、周りの水泡がつぶれて乳房が黒く染まる。痛いはずだが、それでも母豚は、つめがはがれた足で立とうとし、乳を飲ませようとする‐。

「もう、こんなつらい光景は見たくない」。養豚場経営者(63)は、感染した母豚の様子がまぶたに焼きついている。

最初は小さな異変だった。鼻と足から血を流している母豚2頭を見つけ、家畜保健衛生所に連絡した。そこから爆発的な速さで広がった。抵抗力が弱い授乳中の子豚は、前日の元気がうそのように翌朝はあちこちに転がっていた。

数日後に殺処分される豚たちに手渡しでえさをやり、腹いっぱい食べさせた。処分が始まるまでの8日間をとても長く感じた。約700頭がいた豚舎は今、骨組みだけが残る。

「疲れた。今後のことも考えんといかんが、今は希望が持てない」

■ ■

「畜産は人の命をつなぐために動物の命を奪う仕事。でもこんな形はいやだ」。別の養豚場経営者(61)は、数日前に約600頭を処分した。

殺処分は鎮静剤、薬剤の順番で注射する。若くて経験の浅い獣医師は、針が血管にうまく入らず「ごめんね、ごめんね」と豚の頭をさすりながら2本目を打った。眠るようにしゃがみ込み、息絶える豚を見ていて、涙が止まらなかった。

「これでもうウイルスを出す心配はない。迷惑を掛けんですむ」。すべてが終わり、悲しみと奇妙な安堵(あんど)を感じた。埋めた場所は自宅から歩ける距離。しばらくは毎日、お参りに行くという。

■ 後略 ■

「=2010/05/17付 西日本新聞朝刊=

+++引用ここまで+++

なぜこの記事を引用したか?

私はこの記事からいま、口蹄疫の現場では人々が戦い、憔悴し、希望を失い、恐れ、心を痛めて涙を流し、そして救いを求めていることが分かった。

また、酪農農家の人々がいかに「人の命をつないでくれる、動物の命」を大切に思い、
出荷まで育んでくれているかということを知った。
これから日本の獣医として将来を担う若い獣医師たちがつらい局面に対峙している。
彼らがこのつらい経験を将来のよりよい糧として、こんな解決をしなくてよいような方法を
見つけてくれるように願わずにはいられない。

動物は懸命に生き、母豚は最後まで痛みをこらえて子供を守ろうとする。
人は、自分の仕事の損害以前に、
こんな形で動物の命を奪いたくないと思い、せめて最後に動物に愛情をぶつける。
そして、それらの願いがかなえられることなく、残るものは希望のない風景と現実。

そこには、人がいる。
人と動物の命がある。

「コンクリートから人へ」―人を大切にする政治―などとぶち上げている現政権の
農水副大臣の姿勢や言葉に、僕はそれらの人々や動物の”命”に対する
思いやりを感じられない。

口蹄疫は発生してしまった。だから、やるべきことはしなくてはならないのだろう。

しかし…もっと、人として基本的なところ、

同じ結果をもたらすにしても、もっと物の言い方(それは、相手への敬意と思いやり、など)
というものがあるのではないか?

「(殺処分されたはずの49頭が)いまだに生きていると聞き、驚いた」

よくもまあ、こんな表現ができるものだ。
その姿勢や言葉に、現場の救いを求める人々はどんな希望の光を見いだせるというのか?

僕は、この記事を見て、今の政権がこのような現場の人々の痛みを汲むことなく、
権力におぼれているかのような姿勢を感じずにはいられなかった。

これでは、本当に誰にも救いがない。

コメント (2)

こんにちは。
私も仕事柄役人とはお付き合いあるのですが、
役人特有の言い回し。
言葉や立場的発言を選んで言葉にしているのだろうが、
その前に人としての配慮の掛けている。
親分の大臣はGW中に海外遊説と言って遊びに行っている。
まったく、今の政権にはあきれてしまう。
普天間しかり、口蹄疫も国家あげて取り組まなければいけないのになにをやっているのでしょうね。
「ドナドナ」された牛や豚、畜産農家が悲鳴をあげています。

nb:

レス遅れてすみません。

>親分の大臣はGW中に海外遊説と言って遊びに行っている

本当に信じられませんね。
農家の方たちは心休まることないのに…。
こういう姿をみると、ああ、国民は大事にされてないんだな、
なんて感じちゃいますね。

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2010年05月24日 21:18に投稿されたエントリーのページです。

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