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2008年07月 アーカイブ

2008年07月27日

ちゃあとの別れ(3)

今日、日曜日の朝。
8時くらいに家の電話がなった。
電話は留守電となり、メッセージは吹き込まれなかったが、
着歴で母からの電話だとわかった。

すぐに、内容がわかった。

「ちゃあ、やっぱりダメだったよ、夜中に死んじゃったよ」

+++

電話を折り返し、今日、実家に行くことを告げて、電話を切った。

そして、パソコンを立ち上げて、昔のハードディスクを何台も
あさりながら、ちゃあの写真を探した。

ちゃあをとった画像はたくさんあった。
そのなかから、何枚かの画像を光沢紙にプリントした。

母と、そして、きっと悲しんでいる姉に渡してあげよう。

+++

実家までは車で1時間ちょっと。

妻を助手席に乗せて、実家に向かう。
道すがら、特に、ちゃあを失った喪失感にさいなまれることはなかった。
それはきっと、近いうちの別れをずっと予感していたからかもしれない。

+++

ちゃあは、台所で、ダンボールの中に氷や保冷剤と共にタオルをかけて
寝かされていた。敷布団代わりに、僕が実家にいたときに使っていた
枕が敷かれていた。

RIMG0205

+++

ちゃあの寝顔は、昨日とあまりかわらなかった。
少し目を開け、やや背中を曲げて丸まって寝ている。

「午前二時くらいまでは、そばに居たんだけど、そのあとだったんだね。
もうちょっと長くいてやったら」

母が言った。

「でも、そうやって我々を煩わせなかったのは、ちゃあらしいじゃない」

僕は言った。

「夜中に、めずらしく、(2番目の猫)ちぃが台所におきてきて、
朝までずっと居たんだよ」

母はさびしそうに言う。
「ちぃちゃん、珍しく、朝は一口もご飯食べなかったよ」

+++

それからは、ネットで火葬場を探した。
とにかく、猛暑が続く夏真っ盛り。
両親は共働きなので、月曜日の明日以降に葬儀を持ち越すことは出来ない。

何件か火葬場を当たった。

「予約が必要です」(死ぬ日を予測できるわけないだろ!!)

というところもあったし、
インターネットに表示してある金額の倍くらいを吹っかけてくる
火葬場が何件”も”あった。

そして、やっと、一軒の犬猫霊園で、インターネット表示どおりの条件で、
しかも、今日対応してくれるところが見つかった。

+++

しばらく時間があったので、母と姉夫婦と共に、昼食をとる。
ちゃあがよく入りたがっていたクーラーのきいた部屋で、
みんなで食べた。

そこに、ちゃあの棺も運び込み、おなかの上に彼が好きだった
魚の切り身と、カリカリのドライフードと、そして裂きイカ、
ミルクを載せてあげた。
「おなかすいてただろ、いっぱい食べていいんだよ」
と、語り掛けた

本当は、もっと早く、おなか一杯食べさせてやりたかったけど。。。

+++

時間が来て、家を出るとき。
彼が好きだった庭をもう一度見せてあげた。
そして、母と庭に咲いている花を摘んで、ちゃあの横に
いくつもおいた。

これらの花が咲く頃、いつもその下にあったちゃあの姿。
それを思い出しながら、ちゃあにいつまでも彼が好きだった庭を
感じさせたくて、花を摘んだ。

+++

葬儀場に行く途中は、
『ペット霊園反対』
の看板が所狭しとたっていた。

たしかに、住宅のそばに、火葬場と霊園が出来るのは、
そこの住んでいる人たちにとっては重大な問題だな、と
ぼんやり考えた。

+++

葬儀場では、思ったよりちゃんとした御葬式だった。
お経も唱えられたし、お線香をあげることもできた。

そして、その葬儀場の花壇に色々と咲いている花で、
さらにちゃあの周りを飾ってやることが出来た。

ちゃあの下には、青いバンダナが敷かれていた。

「じゃあね、ありがとう」

ちゃあのひげをなでながらお別れをした。
美猫だったちゃあの顔。
今では面影もないけど、それでもかわいくて仕方ない。

+++

炉に火が入って、40分。冷却に10分。

ちゃあの骨は、真っ白。そして、大きく残っていた。

「本当に健康に生きてきたんですね。こんな真っ白い骨は、そうそうないですよ」

葬儀場の人はいう。

たしかに、怪我こそすれ、大病などとはまったく無縁の孝行猫だった。
ちゃあの骨はしっかり残っていたので、当初予定していた骨壷には
入りきらず、もう一つ大きい骨壷にみんなで箸で入れた。

僕は、ちゃあの肩甲骨。昨日、まだ生きていた彼の体をなでたときに
感じた大きい肩甲骨を二つ。
足の骨を二本。先がちょっと曲がっていたしっぽの骨。
この18年、何度も何度も撫でた頭蓋を入れた。


最終的に、粉骨し、パウダー状になった骨は、小さな壷に入れ替えられた。
本当に、一握りほどのパウダーになってしまった。

RIMG0214

+++

帰り道、「ペット霊園反対」の看板を見つつ、
「それでも、自分にとって、本当に今日はあの葬儀場があってくれて助かったな」
と思った。

+++

32歳の自分にとって、18年を共にした存在というのはとても大きい。
中学生から高校、大学をへて現在まで。多感な時期の思い出に、
気づいてみればいつもちゃあはいたし、話題になった。
一時期、とても複雑だった我が家は、自分の家なのにそこに
いることがつらい時期も続いたけど、そのたびに自分を癒す相手に
なってくれた。とにかく、かわいくて仕方なかった。

ちゃあは、老衰という形でボロボロに衰弱してなくなるまで、
一生懸命生きていたと思うし、彼も我々を求めていてくれたと思う。

今はただ、

「本当にありがとう」

という言葉しかない。

いつまでも、彼のことを忘れずに生きていきたい。

 

neko
2000年位のちゃあ ちゃあはいつも、窓から外を見ていた  

ちゃあとの別れ(2)

2000年のとき、自分が趣味で作っていたサイトに載せた、
ちゃあの紹介文です。
ちゃあの性格や、我が家にきた様子などが書かれています。

ちゃあは、私が14歳の10月10日に我が家にやってきた、
野良猫の子供です。青い空に白い雲が浮かぶ、秋晴れの日でした。

それ以来、私は人生の半分以上の約18年を、彼の存在と共に生きてきました。

トイレをしつけたこと、一緒に遊んだこと、彼の些細なしぐさや声、
怪我をして病院に連れて行ったこと、
一緒に寝たこと、食べ物をねだる彼の様子や、寝顔など、思い出は尽きません。

ちゃあは、人にベッタリ甘える猫ではありませんでした。
むしろ、ノラとしての気高さのようなものを持っていて、
賢く、手もかかりません。
普段はあまり、かまわれるのを好んでいませんでした。
でも、実は甘えベタな面があって、時々、決まり悪そうによっかかってきたり、
枕元で
「布団に入れて」
とせがむのが、またかわいいところでした。

+++

今腕の中で丸まって寝るオスネコ「ちゃあ」
お前はもうこの家にきて10年以上も
一緒に生きてきた老いぼれ雑種ネコ

chabuton

ある晴れた10月のことだった
小さな兄弟の中で安らぎ寝ていたお前は
人の手でひょっと持ち上げられ
ほんの偶然の選択で
紙袋に入れられた

CHA

「動物禁止」 の借家だったが     
紙袋をを覗き込む笑顔の顔々を
手のひらに乗るほどのお前は
怯えながら見上げていた 
 それからいくつもの季節が過ぎ
俺と一緒にいることの多かったお前は
気高く 人に媚びない
立派なネコになった
けして人の布団の中では寝なかったし
外で会った時だって
耳かしっぽで挨拶を返すだけ
美形の甘いマスクは
いつも自信がみなぎっていた

sleepcha 

そんなお前に弟と妹が出来た時
お前は悪いことをした弟を丸い肉球でたたいて叱り
淋しがる妹と一緒に寝てやり
風呂に入れられた弟妹が叫んだ時には
必死に風呂のドアの隙間から手を伸ばした

chapoo


お前を育てる家族より
はるかに早く成長するお前は
獲物を取ってきては
俺たちに「食べて良いよ」ってくれた
当然食べられはしなかったけど
御礼を言うと
お前は何て満ち足りて誇らしげな表情を
浮かべたことだろうか

  
 気高いお前は 
唯一俺に心を開いてくれたネコ
俺が失恋して落ち込んだ時
お前はひざの上でのどを鳴らして支えてくれた
俺に幸せが訪れてきたとき
お前は無条件にそれを受け入れてくれた
「やれやれ、手がかかるなあ」
なんて鼻でため息をつくお前だった
だから
お前の立派な牙が弱って抜け落ちた時
俺たちは一人と一匹
一緒に悲しみ
お前は俺のひざに丸まって寝ていた

chaasi
 
年老いだんだんと外に出ることがなくなり
お前は突然甘えるようになった
ひざにのぼり しきりに顔に擦り寄ろうとする
布団に入ってきては腕枕で気持ちよさそうに寝る
お前の長いしましましっぽ
心地よさそうに揺れている

cha1

これからいくつの季節が
俺とお前の生活に訪れるか
それは多くないことしかわからないが
「ちゃあ」よ
ひとつでも多くの季節を
ちょっとでも長い暖かさを
一緒に分かち合っていこう

(2000.12.23) 

ちゃあとの別れ(1)

RIMG0034 
2004年9月のちゃあ

「ちゃあが、もう二、三日かもしれない」

母からの連絡をもらったのは昨日の土曜日。

二週間前に、実家にいる、17歳のオス猫「ちゃあ」
に会ったときは、よぼよぼのボロボロでも、自力で立ち上がって
歩いては、ミルクや食べ物をせがんできていた。

指を出すと、昔から僕と彼の間での儀式だった、
「なー」とちゃあがないて、指にスリスリすることもしていた。

一週間前から、ちゃあが、もう横たわって、あまり動かなくなって
いることを聞いた。病気ではない。老化だ。
僕はレトルトの柔らかいえさや、流動食をネットで購入し、
実家に送った。

そして土曜日。
母からの連絡を受けて、夜に、実家にちゃあに会いに行った。

ちゃあは、二週間前の姿と打って変わって、衰弱していて、
家で一番涼しい脱衣場の床に、氷枕を作ってもらって
横たわっていた。
目がかすかに開き、もう、ボロ雑巾のように動かない。

たまに、何とか寝返りを打ったり、顔を動かしているほかは、
彼が生きている証明は、呼吸で胸が動くかすかなしるしだけだった。

そんなちゃあをなでる。
彼が大好きだった、鼻の横、眉間、顎の下、耳の後ろ。
かつては、ゴロゴロとのどを鳴らして、名を呼ぶと「なー」と、
返事をしてくれた場所をさがして、なでた。
もう、衰弱しきった彼は、本当にやせていて、かつての感触は
感じられなかった。

それでも、ちゃあは顔を上げて、気持ちよさそうに目を閉じてくれたし、
大きく呼吸をして、胸が大きく波打った。
これは、もし彼が元気だったら、ゴロゴロのどを鳴らしていたしぐさだ。

もう、ちゃあは、声も出ない。
後ろ足も、動かない。
何とか起き上がって、寝床を移ろうとする。転がって、うまく動けない。

それでも、僕たちが脱衣場の隣の台所にいたら、
台所まで歩いてきて、いつもの彼の場所、テーブルの下の寝床、に、
小さく収まった。

+++

20020819 125 20020819 129
2002年のちゃあ

ちゃあは、ミルクが好きだった。
自分が家から持っていった粉ミルクに、流動食を混ぜて、
横たわったちゃあの口元に持っていった。

ちゃあは、顔を少し上げて、ミルクをなめ始めた。
でも、たった二口で、しんどそうに動きを辞めてしまった。

とても、悲しかった。

+++

夜、ようやっと世界に涼しさが下りてきた。
僕は、寝床ごと、ボロボロに横たわっているちゃあを抱いて、
彼が大好きだった家の外に出た。

色とりどりの花が咲く家の庭。
僕は、ちゃあに色々なにおいをかがせた。
花のにおい。土のにおい。草のにおい。風のにおい。
かつて、自分が洗車していたときによく、横で見ていた僕のロードスター。
僕が実家にいた頃は、ロードスターのエンジン音が聞こえると、
散歩中の彼が迎えに来てくれたっけ。

小雨の降った夜の風の中、ちゃあは、胸を大きく波打たせた。
においを感じている。そして、喜んでいる。
家に入っても、しばらく彼の大きな息遣いは止まらなかった。

僕は、別れを確信した。

そして、10年以上前に購入し、今でも日常のハンカチとして使っていた
青いバンダナを取り出した。
これは、買った当時はたまにちゃあの首に巻いて
「やっぱり、ちゃあってダンディーだね」
なんて言っていたものだった。

「もし、来週、自分が出張中にちゃあが死んだら、これを敷いてほしい」

母に伝えて、実家を後にした。

RIMG0038
2004,12,29寒い雪の日、3番目の猫と寄り添って寝るちゃあ

+++

 

2008年07月02日

試行錯誤

水曜日、リーグでは相変わらず泣かず飛ばず。

その後、シューズを新調したので
早速、22:30くらいにセンターを訪れ、投げてた。

シューズのインプレとしてはかかと部分が若干フィット感がないのが
気になりはしたのだが、ソールやかかとの部分が今までのABSよりは
若干広く出来ているため、投げる最中から投げたあとの安定感が
増した気がする。

ただ、付属していたソールでは遊園では若干、引っかかる気がする。
球速と球威をあげようとしている今の自分にとっては、今までより靴が
スライドしないのは問題ないのですが、やっぱり左太ももと股関節が痛い。

一方でスコアは、この日は5ゲーム投げ、惨憺たる有様だった。

完全に右奥のオイルが伸びきっており、それも、ピン手前まで行っているのでは
ないかというぐらい

インサイドから投げたボールは外に出したら戻ってこない、うちを通しても手前で
フックしない。
13枚目をまっすぐ投げ出すとそのまま直線でスコーンといってしまう。
アウトサイドから投げると手前で噛んで、ボールはブルックリンへ。
基本的にツルツルボールしか持っていない自分は、
珍しくオイリーレーン用のシークレットエージェントも持参していたのだが、
これはドリルレイアウトがまったくあっていなくて曲がる気すら感じない。

球速、投げ方を変えてみる。
それでも結局、5G投げて、最後までラインが読めなかった。
最近では一番、イライラしてしまった日だった。

本当にボウリングを半年封印しようかと思った(笑)

+++

昨日は、22:40くらいにセンターへ。

「夕方オイル入れてからだれも投げてないですよ」
というボックスに入り、4ゲーム。

1Gめは、ボールを変えたり、投げ方を変えたり、体を慣らして
ウォーミングアップ。

若干、右奥が伸び気味だが、そこをはずして外に出せば
しっかりと戻ってくる。
ピンの手前も薄くオイルが延びているが、まったく曲がらないわけではない。
中はしっかりと走ってくれる。

ファイアードアップを最初使い、両手投げの練習。
リリース時の体の向きを変えてみる。

途中から、ファイアードアップが伸びたオイルに対応しきれなくなり、
16ポンドのトロピカルに変更。
15ポンドは正直、両手投げをするには軽くて振り回してしまうのだが、
16ポンドを使うことで若干落ち着く。
また、表面が曇り気味の(メンテ不足)自分のトロピカルの曲がり
幅はなかなか大きい。

結局、本日は1Gめから5Gめはずっと右肩上がりのスコア。
アベレージは181超。最近にしては良いほうだ。

まあ、レーンのコンディションさえあえば、それなりにスコアは
伴ってくるのだけど、コンディションがあわないと本当に打てなくなる。

とはいえ、個人的には悪いコンディションで打てるようになるよりは、
まずはちゃんと整備されたコンディションで(投げている最中に環境は変わるが)
しっかり打てるようになりたい、とは思うのだが。

ほとんど新品だったファイアードアップは、
このわずか二週間でナイフでつけたような引っかき傷が何本もついた。
本当に、遊園のレーンはボールの消耗が早くてやるせなくなる。

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